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東京高等裁判所 昭和62年(ラ)362号 決定

抗告人

浅沼洋

代理人弁護士

木島英一

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は、抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の理由

抗告人は、(1)本件競売事件の申立債権者(抵当権者)埼玉県信用金庫に対する債務を昭和六二年五月八日に、(2)後行の競売事件の申立債権者(根抵当権者)王子信用金庫に対する債務を同月一一日に、いずれも全額弁済し、同月一二日に抵当権設定登記及び根抵当権設定登記の各抹消登記を得た。

よって、原決定を取り消し、売却を不許可とする決定を求める。

二  当裁判所の判断

本件記録によれば、抗告人は、本件競売事件の債務者で、かつ競売物件たる不動産の所有者であるが、昭和六二年五月六日本件執行抗告を提起した後、執行抗告理由書の提出期間内に、抗告人主張のとおり抵当債務の弁済をし、抵当権設定登記及び根抵当権設定登記の各抹消登記を得て、その旨を執行抗告の理由として主張し、同月二一日当裁判所に上記抹消登記のされている登記簿謄本を提出したことが認められる。

そうすると、競売申立人である埼玉県信用金庫及び王子信用金庫の有していた担保権は買受人の代金納付前に消滅したことが、裁判所に提出された法定の文書で証明されたわけであり、これは形式的には民事執行法一八三条一項四号・二項に当たることになる。

しかし、本件記録及び審尋の結果によると、次のような事実が認められる。

(一)  抗告人は、本件競売が申立てられたことを知り、本件不動産を確保するため、富士拓建株式会社(以下「富士拓建」という。)に依頼して本件競売(入札)に参加してもらい、富士拓建は原裁判所に入札書を提出して買受けの申出をしたが、金澤商事株式会社(以下「金澤商事」という。)が最高価買受申出人となったため、買受けの目的を果たさなかった。

(二)  そこで、抗告人は、とりあえず本件執行抗告を申し立てた上、富士拓建の援助を受けて、競売申立人である埼玉県信用金庫及び王子信用金庫、後順位根抵当権者である株式会社武蔵野銀行、仮差押債権者である日本インカ株式会社の四者に対し合計五八九七万三一〇三円を支払い、その全部の登記の抹消を得た(この弁済金は概ね富士拓建が支弁したとみられるが、同社の代表取締役越沼義秋は、同社のほかに有限会社大栄商事(以下「大栄商事」という。)も一部負担したという。)。

(三)  富士拓建がこのように抗告人のために債務の弁済資金を出してやったのは、金澤商事を排除して本件不動産を取得しこれを他に転売して利を図るという思惑からである。なお、本件不動産は、登記簿上、前記担保権の登記の抹消登記の翌日である同月一三日に、抗告人から大栄商事名義に同月一一日売買を原因とする所有権移転登記がされている。

(四)  抗告人は、当裁判所に対する同月八日付の上申書をもって、自己の住所を上記肩書地から東京都葛飾区宝町二丁目三四番二八号富士拓建株式会社内に変更した旨を上申しており(その後同年八月二二日付の上申書をもって再び肩書住所に復帰したとしている。)、抗告人と富士拓建は協力して本件抗告を追行しているものであることが明らかである。

以上の事実によって見るときは、本件は、競売事件の債務者(物件所有者)が、最高価買受申出人となることのできなかった者と相通じ、売却許可決定後に、競売申立債権者の債権を弁済し、担保権の登記の抹消を得てその登記簿謄本を提出することにより、最高価買受申出人として売却許可を受けた者の地位を覆すのを許してよいか、という問題となる。

担保権の実行としての競売は、実体的には担保権に内在する権能としての換価権に基礎を置くが、手続的には一定の文書の提出によって開始されるのであり、法定の手続に則って決定された買受人が代金を納付して売却完結に至った後は、もはや担保権の不存在又は消滅を理由として不動産の所有権移転の効果を妨げることはできないものとし、買受人の地位の保全と競売制度の信用の確保を図っているのであって、買受人のこのような期待的利益は、その代金納付前にあっても、制度の目的に照らし不当に害されることのないよう保護されなければならない。

抗告人は、富士拓建と相謀り、金澤商事が最高価買受申出人として売却許可決定を受けていることを知りながら、抵当債務を弁済して担保権の登記の抹消を得るという方法により、金澤商事の買受人としての地位を覆滅させ、入札に敗れた富士拓建をして競売不動産を取得させようと画策しているものといわざるをえず、これを許容するときは、裁判所の行う競売手続の秩序は破壊され、競売の信用を甚だしく失墜させる結果となる。抗告人のこのような行為は、買受人の正当な権利を侵害し、第三者の不当な利を図る目的に出たものであって、著しく社会的妥当性を欠き、競売不動産の所有者の権利行使として許される限界を逸脱するもので違法であり、これによって競売手続の進行を阻止することはできないといわなければならない。

よって、本件抗告を棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官西山俊彦 裁判官藤井正雄 裁判官武藤冬士己)

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